心理的安全性は本当にチームを強くするのか
良いチームと、そうでないチームの違いはどこにあるのか。専門性の高いR&D・建設プロジェクトのチームを対象に、心理的安全性という概念が学習や成果にどう関わるのかを、1999年の古典研究とその後の展開から読み解きます。
Stella Nest 編集部

設計変更の兆しに気づいていたのに、会議では言い出せなかった。実験の失敗を、報告のタイミングまで黙っていた。研究開発や建設プロジェクトの現場では、こうした「言えなかった」の積み重ねが、思わぬ手戻りや事故につながることがあります。専門性の高いチームほど、実は一人ひとりの判断や気づきに頼る場面が多く、言い出しやすさそのものがチームの実力を左右しているのかもしれません。
「対人リスクを取れるか」という一つの視点
この問いに最初に体系的な答えを出したのが、組織行動学者エイミー・エドモンドソンによる1999年の研究です。エドモンドソンは、チームの成員が「対人関係のリスクを取っても安全だ」と共有して信じている状態をチーム心理的安全性と名づけ、それが学習行動やチーム業績とどう関わるかをモデル化しました[1]。

この研究は、ある製造業の企業に属する51のワークチームを対象にした現場調査です。前提となる条件・プロセス・成果にあたる変数を測定した結果、チーム心理的安全性は学習行動と関連しており、学習行動を統制すると、チーム効力感(自分たちならできるという自信)は業績との関連が見られませんでした。さらに、学習行動は心理的安全性とチーム業績の間を媒介することも示されました[1]。
つまり、「安全だと感じられるから、自信が持てる」のではなく、「安全だと感じられるから、誤りを報告したり、助けを求めたり、新しいやり方を試したりする行動が増え、その行動がチームの成果につながる」という順序です。R&Dや建設プロジェクトのように、正解が事前に分からず、試行錯誤しながら進める仕事ほど、この学習行動が業績を左右しやすいと考えられます。
心理的安全性とは何か、何でないか
心理的安全性という言葉は、しばしば「仲が良い」「対立がない」「居心地が良い」といった意味に誤解されます。しかし、エドモンドソンが提示した構成概念は、あくまで対人関係のリスクを取れるかどうかに焦点を当てたものです。誤りを認める、疑問をぶつける、上司の判断に異を唱える、まだ形になっていないアイデアを口にする——こうした行動には、「無知だと思われないか」「無能だと思われないか」「邪魔をする人だと思われないか」という対人的な不安が伴います。心理的安全性が高いチームでは、この不安が行動を止める力として働きにくくなります。
裏を返せば、心理的安全性は「言いたいことを何でも言える緩さ」ではなく、課題に向き合うための率直さを支える条件だと言えます。仲の良さそのものを目的にすると、かえって本質からずれてしまう点には注意が必要です。
専門性の高いチームほど、学習行動が効いてくる理由
エドモンドソンの1999年研究から15年後、エドモンドソンとレイによる総説が、この概念のその後の広がりを整理しています。1960年代に先駆的な組織学者によって探求されたのち、1990年代から現在に至るまで研究が再興し、組織行動の研究において、発言(voice)、チームワーク、チーム学習、組織学習といった現象を理解するうえで心理的安全性が重要な要因として位置づけられてきたと述べられています[2]。
R&Dプロジェクトや建設プロジェクトは、この「発言」と「チーム学習」がとりわけ重要になる領域です。仕様変更のリスクに早く気づいて共有する、実験の失敗を次の設計にすぐ反映する、施工中の違和感を放置せず確認する——これらはすべて、対人リスクを取る行動そのものです。専門性が高い分、個人が抱え込む情報や違和感も多くなり、それを言葉にできるかどうかがチーム全体の学習速度を左右します。
エドモンドソンの1999年研究は単一の製造業企業を対象にした現場調査であり、業界や文化が異なる組織にそのまま当てはめられるとは限りません。また、心理的安全性と学習行動の関連は確認されていますが、測定は同時点でのアンケートが中心であり、因果の向きについては媒介モデルによる推定にとどまる点も、結果を読むうえで留意が必要です。
心理的安全性は「あればチームが自動的に強くなる魔法」ではなく、学習行動という具体的な振る舞いを通じて業績につながる、という間接的なメカニズムである点も押さえておきたいところです。この視点は、プロジェクトフェーズ別、チーム編成の考え方で扱った、フェーズごとに求められるチームの姿とも重なります。
現場でどう育てるか:ファシリテーションという新しい視点
では、心理的安全性はどうすれば育てられるのでしょうか。2024年に発表された新しい研究では、科学研究チームを対象に、ファシリテーションの専門性という切り口からこの問いに取り組んでいます。研究チームによる知識の共創は、複数の分野や機関にまたがることが多く、その中で対人リスクを取れる関係を築くには、外部のファシリテーターやファシリテーション役を担うメンバーの存在が一つの道筋になると論じられています[3]。
具体的には、チームの力学(ダイナミクス)を観察し、それを正しく解釈し、適切に介入することで、グループをより心理的に安全な状態へ動かしていくという「観察・解釈・介入」のサイクルが示されています[3]。
この研究は2024年に発表された新しい知見であり、対象は主に科学研究チームです。建設プロジェクトなど他分野への一般化はまだ確かめられておらず、実践知に基づく提言としての性格が強く、大規模な効果検証(介入の前後比較など)はこれからの課題です。
R&Dチームのマネージャーやプロジェクトリーダーにとっては、「自分たちがファシリテーション役を意識的に担う」「必要に応じて外部の視点を入れる」という発想自体が、心理的安全性を偶然の産物ではなく、設計できるものとして捉え直すきっかけになります。この考え方は、研修の効果は測れるか。介入前後の比較設計入門で紹介した、介入の効果を測る発想とも接続します。
まとめ:心理的安全性は、学習行動を通じてチームに効く
心理的安全性は、1999年の古典研究以来、繰り返し確かめられてきた「対人リスクを取れるかどうか」という条件です。それ自体が業績を直接押し上げるのではなく、誤りの報告や助けの要請、新しい提案といった学習行動を通じて、専門性の高いチームの成果に間接的に効いてきます。R&Dや建設プロジェクトのように、不確実性が高く、個人の気づきがチーム全体の質を左右する現場ほど、この間接的なメカニズムを意識する価値があります。ファシリテーションのように、心理的安全性を偶然に任せず設計する視点も、2024年の新しい研究から見えてきました。まずは自分たちのチームで「言い出しにくさ」がどこに潜んでいるかを、測ることから始めてみてはどうでしょうか。
注
- Edmondson, A. C.(1999)「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」『Administrative Science Quarterly』 https://doi.org/10.2307/2666999
- Edmondson, A. C., Lei, Z.(2014)「Psychological Safety: The History, Renaissance, and Future of an Interpersonal Construct」『Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior』 https://doi.org/10.1146/annurev-orgpsych-031413-091305
- Jones, M. S. ほか(2024)「Facilitating psychological safety in science and research teams」『Humanities and Social Sciences Communications』 https://doi.org/10.1057/s41599-024-04037-7(新しい研究)
