仕事から「離れる」ことは、疲れの回復になるのか
退勤しても、メールや明日の段取りが頭を離れない。仕事から心理的に離れることは、疲れの回復にどう関わるのか。回復体験の研究と、職場でできる設計を紹介します。
Stella Nest 編集部

「家に帰っても、ついメールを開いてしまう」。そう感じている人は少なくないはずです。時間としては仕事を終えていても、頭の中ではまだ仕事が続いている。その状態は、疲れの回復に影響しているのでしょうか。この記事では、「仕事から心理的に離れること」を個人の意志の問題ではなく、職場が設計できる環境の問題として研究から整理します。
「離れる」とは何か
最初に、研究の世界で「離れる」がどう定義され、どう測られているかを確認します。
退勤後の過ごし方をめぐる研究で、最も広く使われている枠組みが「回復体験」です。Sonnentag と Fritz(2007)は、余暇の時間に仕事の疲れから回復し、気持ちを切り替える過程を測る自己報告尺度を開発しました。930 人を対象にした確認的因子分析の結果、次の 4 つの回復体験が区別できることが示されています[1]。
| 回復体験 | 中身 |
|---|---|
| 心理的ディタッチメント(離脱) | 勤務時間外に、仕事のことを考えず、精神的にも仕事から離れている |
| リラクゼーション | 心身をゆるめ、緊張を解く |
| 熟達(マスタリー) | 仕事以外で新しいことに挑戦し、力をつける |
| コントロール | 余暇の過ごし方を、自分で決められる |
この尺度は被引用が 2,107 回にのぼる定番の論文で、その後の多くの研究が土台にしています。同じ研究の別の分析(271 人)では、回復体験は仕事のストレス要因や心理的な well-being の指標と中程度の関連を示した一方、対処方略や性格との関連は総じて低いことも報告されました[1]。つまり、「離れられるかどうか」は、性格だけで決まるものとは限りません。
この論文は「尺度の開発と妥当性の検証」を目的としたものです。回復体験が疲れを減らすという因果を示したものではない点に注意してください。
では、なぜ離れられないことが問題になるのでしょうか。
なぜ「離れられない」ことが問題になるのか
この節では、離れられない状態が職場で起きている現象として何を意味するのか、バーンアウトの研究から見ていきます。
現場で聞かれる困りごとは、たいてい次のような形をしています。
- 退勤後も、チャットやメールの通知が気になって落ち着かない
- 休日にも、翌週の仕事の段取りが頭に浮かぶ
- 夜に返信すると「早い人」と見られそうで、自分だけ切り上げにくい

個人の問題ではなく、仕事の設計の問題かもしれない
Bakker らは、仕事の要求と資源のバランスから燃え尽きと意欲を説明する JD-R(仕事の要求と資源)モデルの観点から、研究を総説にまとめています。そこでは、バーンアウトは「仕事に対する消耗と冷めた態度の状態」、エンゲージメントは「活力・熱意・没頭という前向きな動機づけの状態」と定義されています。そして、バーンアウトは健康面の結果と、エンゲージメントは動機づけに関する結果と、それぞれより強く関連すると整理されています[2]。総説の著者らは、日々や瞬間ごとの変動を扱う研究を今後の課題としてあげており、まさに「その日の夜にどれだけ離れられたか」を扱う研究が、この延長にあたります。
JD-R の考え方では、仕事の資源が要求の影響をやわらげるとされます[3]。退勤後も連絡が続く職場は、要求が勤務時間外にも及んでいる状態だとみなせます。離れられないのは本人の弱さではなく、仕事が「いつでも呼び出される設計」になっていることが背景にある可能性があります。JD-R の詳しい整理は、仕事の要求と資源、何が働く人の意欲と疲弊を分けるのかで解説しています。
「根性」から「設計」へという発想の転換
従来、退勤後の過ごし方は個人の自己管理の問題とされ、「オフの日はしっかり休むように」という呼びかけで済まされがちでした。
研究から見ると、別の見方ができます。Bakker と Demerouti(2016)による JD-R 理論の総説は、さまざまな仕事の資源が、仕事の要求がバーンアウトに与える影響をやわらげる(緩衝する)という証拠を示し、実務への応用にも触れています[3]。この理論をそのまま回復に当てはめると、次のように言えます。
回復を個人の努力に任せず、回復できる条件を、職場の資源として設計する。
この記事で扱う「連絡ルール」や「上司の支援」は、まさにその資源にあたります。私たちは、環境を物理環境(音・光・温度・空間)と組織環境(誰と組むか、どう話し合うか)の両面からとらえています。連絡のルールや上司との関係は、組織環境の側にある、設計可能な条件です。
設計のための手順
自社で取り組む場合の、現実的な進め方の例を示します。
- 01退勤後に仕事の連絡が来る場面を洗い出す(誰から、何の用件で、どの時間帯か)
- 02緊急のものと、翌営業日でよいものを分けて、連絡手段を決める
- 03上司が率先して時間外の送信を控える(後述の研究も参照)
- 04離れられているかを、短いアンケートで定期的に確かめる
ここまでが考え方です。次に、2024年と2025年に発表された研究が何を示しているかを見ます。
見えてきたこと:新しい研究が示す手がかり
ここでは、直近に発表された 2 本の研究を紹介します。どちらも発表から日が浅く、定番の知見のように確立したとはまだ言えない点に注意してください。
2025年に発表された新しい研究:離れられるかどうかと、1年後の精神的な健康
Blake らは 2025 年、英国で働く成人を追跡した「Wellbeing of the Workforce(WoW)」コホート研究を発表しました。1 回目の調査(2020 年 4〜6 月、337 人)で、COVID-19 の最初のロックダウン期の心理的ディタッチメントを測り、約 1 年後(2021 年 3〜4 月、169 人)の健康・well-being・生活満足度との関係を調べた研究です[4]。
要旨に示された結果の一部を、表にまとめます。
| 指標 | 1 回目 | 2 回目 |
|---|---|---|
| 大うつ病のリスク | 20.0% | 29.0% |
| 生活満足度が低い人の割合 | 15.4% | 25.4% |
| 心理的ディタッチメントが低い人の割合 | 21.4% | 16.0% |
ロックダウン下で、うつ病のリスクや生活満足度の低さは悪化した一方、「離れられていない」人の割合には中程度の改善がみられました[4]。論文のタイトルは、心理的ディタッチメントが精神的な well-being を予測するとしています。ただし、この記事で確認できた範囲の要旨は途中までで、予測の詳しい大きさまでは確かめられていません。
2024年に発表された新しい研究:上司の支援が「離れやすさ」を左右する
Sonnentag、Kark、Venz は 2024 年、上司による「回復への支援」(回復への共感、境界の尊重、お手本を示すこと)が、部下の勤務時間外の心理的ディタッチメントに関わるかを検討しました。152 人の従業員の日誌データで検証した結果、上司が部下の私的な時間の境界を尊重していると、個人レベルで離れやすい傾向が示されています。また、離れられていることは、情緒的消耗の低さと、翌朝の回復状態の高さに、人の単位でも日の単位でも結びついていました[5]。
注目すべきは条件です。上司と部下の関係の質(LMX)が低い場合、これらの関連は有意ではなくなりました[5]。支援のルールを掲げるだけでなく、日頃の信頼関係があって初めて効く可能性が示唆されています。
2 本とも、2024年と2025年に発表された新しい研究です。WoW 研究は英国の就業者を対象とし、ロックダウンという特殊な時期の調査で、2 回目の回答者は 1 回目の約半数でした。上司の支援の研究は 152 人の日誌データです。日本の職場や業種にそのまま当てはまるかは、今後の研究で確かめられる必要があります。相関を因果と読まないことも大切です。
職場で設計できること
最後に、これまでの知見から、職場で取れる手立てを整理します。
JD-R 理論の総説が示すように、仕事の資源は要求の影響をやわらげる可能性があります[3]。そこで、回復の条件づくりを資源として考えると、次の 3 つの視点が見えてきます。
- 連絡のルール:時間外の連絡の扱いを明文化し、緊急の基準を決める。「境界の尊重」は上司の研究で、離れやすさと関連が示された要素です[5]
- 上司のふるまい:時間外に送信しない、休暇中に連絡しないなど、お手本を示す。ただし信頼関係(LMX)が低いと効果が見えにくい点も踏まえる[5]
- 自分で決められる余白:回復体験の「コントロール」や「熟達」は、余暇の過ごし方の自由度に関わる[1]。副業や学びの時間を妨げない運用も一案です
また、制度を入れたあとは、実際に離れられているかを測って確かめることが欠かせません。私たちは「測る → 理解する → 設計する → 検証する」という循環で、環境づくりを考えています。
まとめ:離れる力は、職場が設計できる
退勤後も仕事が頭を離れない状態は、個人の意志の弱さと決めつけるべきではありません。定番の研究は、離脱・リラクゼーション・熟達・コントロールという回復体験を区別して測れることを示し[1]、JD-R の研究は、資源が要求の影響をやわらげるという見方を与えてくれます[2][3]。新しい研究は、上司が境界を尊重することが、離れやすさと関連する可能性を示していますが、確かめられている途中です[4][5]。
明日からできる一歩は、時間外連絡の「緊急」の基準を、チームで話し合って決めることです。そのうえで、離れられているかを短い質問で確かめ続けてください。
注
- Sonnentag, S., & Fritz, C.(2007)「The Recovery Experience Questionnaire: Development and validation of a measure for assessing recuperation and unwinding from work」『Journal of Occupational Health Psychology』 https://doi.org/10.1037/1076-8998.12.3.204
- Bakker, A. B. ほか(2014)「Burnout and Work Engagement: The JD–R Approach」『Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior』 https://doi.org/10.1146/annurev-orgpsych-031413-091235
- Bakker, A. B., & Demerouti, E.(2016)「Job demands–resources theory: Taking stock and looking forward」『Journal of Occupational Health Psychology』 https://doi.org/10.1037/ocp0000056
- Blake, H. ほか(2025)「Psychological detachment from work predicts mental wellbeing of working-age adults: Findings from the 'Wellbeing of the Workforce' (WoW) prospective longitudinal cohort study」『PLoS ONE』 https://doi.org/10.1371/journal.pone.0312673(新しい研究)
- Sonnentag, S. ほか(2024)「Leader support for recovery: A multi-level approach to employee psychological detachment from work」『Journal of Occupational and Organizational Psychology』 https://doi.org/10.1111/joop.12538(新しい研究)
