気分や状態は、短い自己報告で何度も測るほうが分かるのか
心拍や行動のデータが取れても、「本人がどう感じていたか」は分かりません。日内で短い自己報告を繰り返す経験サンプリング法の強みと、負担・偏りを、論文をもとに整理します。
Stella Nest 編集部

「先週の気分はどうでしたか」と聞かれて、正確に答えられる人は多くありません。印象に残った出来事に引きずられ、平均的な日常は思い出せないからです。センサが拾えない「本人の主観」を、記憶に頼らずその場で何度も測る方法が、経験サンプリング法(ESM)です。この記事では、その強みと、見落としやすい負担・偏りを、論文をもとに整理します。
経験サンプリング法とは何か
この節では、経験サンプリング法がどんな方法で、なぜ職場の研究で広がったのかを確認します。
経験サンプリング法は、一日のうちに複数回、スマートフォンなどで短い質問に答えてもらい、その時点の気分や状況を記録する方法です。組織研究の分野では、この方法とその関連手法の利用が「爆発的に増えた」と総説(多くの研究をまとめた論文)で述べられています[1]。

現場で想定される使い方は、たとえば次のようなものです。
- 午前・午後・退勤前など、決まった時間帯に 1 分ほどの質問に答える
- 会議の直後など、特定の出来事のあとに答える
- 心拍や音声などのセンサのデータと、同じ時間帯の自己報告を突き合わせる
なお、1 回だけの質問紙や、日付をまたいで記憶をたどる日記は、この方法とは区別されます。総説でも「何が ESM で、何がそうでないか」の整理から始められています[1]。
では、なぜ「何度も」測る必要があるのでしょうか。
なぜ、ふだんの状態を一度の質問では捉えにくいのか
この節では、働く人の状態が時間とともに変動するという考え方を紹介します。
Sonnentag(2015)の総説は、ウェルビーイング(心身の良い状態)を「時間とともに変化し、一人の人の中でも揺れ動くもの」ととらえます。縦断研究や経験サンプリング研究を整理し、仕事上のストレス要因、仕事の資源、対人環境、個人の資源、仕事と家庭の境界、パフォーマンスとの関わりを扱っています[2]。同じ総説は、従業員のウェルビーイングが職場での経験の影響を受け、逆に課題の遂行などの行動にも影響すると述べています[2]。
つまり、同じ人でも「今日の午前」と「今日の午後」で状態は違い得ます。一回きりの質問では、この揺れは一つの答えにまとめられ、見えにくくなると私たちは考えます。個人の問題なのか、特定の場面(会議・締切・来客対応など)の問題なのかも切り分けられません。
ここで紹介する総説は、いずれも 2015 年に発表されたものです。「状態は揺れ動く」という考え方は確かめられていますが、揺れの大きさや原因は、職種や国によって異なる可能性があります。
強みと負担:何が得られ、何を払うのか
この節では、総説が挙げる強みと課題を並べて整理します。
Beal(2015)の総説は、ESM の利点として、記憶の偏りと方法上の偏りが小さくなることを例に挙げています。一方で「避けられない課題」として、繰り返し測ること自体の問題、欠測(答えてもらえない時点)、内的妥当性(因果の読み取り)を挙げています[1]。
| 観点 | 強み | 負担・偏り |
|---|---|---|
| 記憶 | その場で答えるため、記憶の偏りが小さくなる | 総説は、課題の一つとして「繰り返しの測定」を挙げる |
| 回数 | 一人の中の変化(日内の揺れ)が見える | 答える回数が増えることが、負担になり得る |
| データ | センサと同じ時間軸で突き合わせられる | 答えてもらえない時点(欠測)が出る |
| 解釈 | 個人内の過程を調べられる | 因果の読み取りには注意がいる |
この表は、Beal(2015)の総説が挙げる利点と課題を、私たちが現場向けに整理し直したものです[1]。総説の要旨からは、負担の大きさや回数の目安までは分からないため、ここでは書きません。
Beal(2015)はさらに、今後の発展として、特性の測定、より高い分析水準(チームなど)への拡張、ビッグデータとの接続を挙げています[1]。センサのデータと主観を結びつける発想は、すでに研究の側から期待されていたことになります。
ここまでは定番の総説でした。では、近年の研究は何を課題としているのでしょうか。
新しい研究が示す、測り方の課題
この節では、2025 年に発表された 2 本の新しい研究から、測定の質とデータの扱いの課題を紹介します。いずれも発表から日が浅く、引用や追試はまだ多くありません。
質問項目の質は、十分に報告されてこなかった
2025 年に発表された新しい研究(Eisele ほか)は、ESM で使う質問項目の質を評価する基準づくりに取り組みました。この論文によると、ESM の測定の良い進め方は長く見過ごされ、項目の質が報告されないことも多いとされています[3]。
研究では、国際的な ESM の専門家 42 人を集め、4 回の段階(デルファイ法)で意見を集約しました。専門家は 57 の基準を提案し、評価と賛否の議論を重ねました。結果として、10 の中核基準と 15 の補助基準からなる評価ツール「ESM-Q」がまとめられました。基準は、構成概念の妥当性から質問文の言葉選びまで広い範囲に及びます[3]。
participants: 国際的な ESM の専門家 42 人
method: デルファイ法(4 段階)
proposed_criteria: 57
result:
core_criteria: 10
supplementary_criteria: 15夜の空白をどう扱うか
もう一つは 2025 年の Berkhout らの研究です。ESM のデータには、夜の間は答えが取れないという「夜の空白」が避けられずに生じます。この論文は、前の時点が次の時点にどう影響するかを調べる分析で、夜の空白を (a) 通常の間隔として扱う、(b) 一日の最初の測定を前日の最後と結びつけない、(c) 欠測として扱う、という三つの一般的な扱い方を整理しました[4]。
1 人のデータ(N = 1)を使った例では、最も当てはまる方法は変数ごとに異なりました。このことは、過程によっては夜と昼で動き方が違う可能性を示します[4]。ただし、1 人の例にとどまるため、職場の人々にそのまま当てはまるとは言えません。
2 本の新しい研究は、どちらも「どう測り、どう分析するか」の方法論の研究です。ESM が職場の状態を正確に捉えることを直接示した研究ではありません。また、発表から日が浅く、追試は今後の課題です。
現場で使うときの考え方
この節では、ここまでの知見を現場の設計に置き換えます。以下は研究の結果ではなく、私たちの見方です。
- 01目的を先に決める。 一日の揺れを見たいのか、特定の出来事の直後を見たいのかで、測る時点が変わります。
- 02質問は絞り、質を確かめる。 項目の質が報告されにくいという課題が指摘されています[3]。質問文は、構成概念との対応や言葉選びを事前に点検します。
- 03欠測と夜の空白を前提にする。 答えが取れない時点が出ることは避けられません[1][4]。分析の段階でどう扱うかを、あらかじめ決めておきます。
- 04主観だけで判断しない。 自己報告は、その場の本人の感じ方を示します。心拍や行動のデータと突き合わせて、ズレも含めて読むのが私たちの考え方です。センサ側の見方は、スマホ・ウェアラブルの「パッシブセンシング」で状態は読み取れるかでも整理しています。
まとめ:主観も、時間軸の上で測る
気分や状態は、一回の質問では平均されてしまう揺れを持っています[2]。経験サンプリング法は、その場で短く答えてもらうことで、記憶の偏りを抑えながら日内の変化を捉える方法です[1]。一方で、答える負担、欠測、質問項目の質、夜の空白の扱いなど、測り方の課題も残っています[1][3][4]。
明日からできる一歩は、「何を知りたいか」を一つ決め、その問いに答えるための質問を 1〜2 個に絞ってみることです。主観とセンサを同じ時間軸で突き合わせる設計は、私たちが「測る → 理解する」の段階で重視している点です。
注
- Beal, D. J.(2015)「ESM 2.0: State of the Art and Future Potential of Experience Sampling Methods in Organizational Research」『Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior』 https://doi.org/10.1146/annurev-orgpsych-032414-111335
- Sonnentag, S.(2015)「Dynamics of Well-Being」『Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior』 https://doi.org/10.1146/annurev-orgpsych-032414-111347
- Eisele, G. V. ほか(2025)「ESM-Q: A consensus-based quality assessment tool for experience sampling method items」『Behavior Research Methods』 https://doi.org/10.3758/s13428-025-02626-1(新しい研究)
- Berkhout, S. W., Schuurman, N. K., & Hamaker, E. L.(2025)「Let sleeping dogs lie? How to deal with the night gap problem in experience sampling method data」『Psychological Methods』 https://doi.org/10.1037/met0000762(新しい研究)
