オフィスの光環境は、体内時計と仕事のパフォーマンスをどう変えるか
照明計画は「机上面が何ルクスか」で語られがちですが、目に入る光は体内時計や覚醒度にも働きかけています。設計にどう落とし込めるか、論文から整理します。
Stella Nest 編集部

午後、日が陰り始める時間帯に、なんとなく集中が続かなくなる。逆に、朝から自然光の入る窓際の席では頭がすっきりしている気がする──そんな感覚に覚えのある方は多いのではないでしょうか。私たちはこの違いを、気分の問題ではなく、照明が体内時計を通じて覚醒度や仕事のパフォーマンスに働きかけている可能性として捉えています。
なぜオフィスの光環境は見過ごされてきたのか
オフィスの照明計画は、これまで「机上面が何ルクスあるか」という、視作業のしやすさを基準に決められてきました。JIS の照度基準を満たしているかどうかが確認され、そこで設計は完了とされがちです。しかし、その基準だけでは説明のつかない困りごとが現場には残っています。
- 窓のない、あるいは窓の少ないフロアで、一日中似たような明るさのまま過ごしている
- 照明計画は机上の明るさだけで決まり、目に入る光の量や時間帯による変化は考慮されていない
- 午後に眠気やだるさを感じても、それが照明のせいだとは考えにくい
個人の集中力の問題ではなく、環境の要因かもしれない
こうした不調は、本人の体調管理の問題として片づけられがちです。しかし、室内環境の質(IEQ)と認知機能の関係を 66 本の研究を精査し、さらに 8,133 本の文献をキーワードの共起分析にかけた系統的レビューでは、室内環境の要因ごとに認知機能への効き方が大きく異なり、明るさ・室内空気質・温熱環境・音・視覚的要因という 5 つの要因が、それぞれ違う形で認知機能に影響しうることが指摘されています[2]。光環境は、その中でも設計次第で変えやすい要因の一つです。

発想の転換:「明るさ」から「メラノピック信号」へ
従来の照明設計は、「見るための明るさ」を lux(ルクス)という単位一本で管理してきました。これは人の目が持つ視覚用の感度をもとにした物差しです。しかし、私たちの目には、視覚とは別に、体内時計や覚醒度を調整する経路があります。網膜にある、メラノプシンを持つ特殊な神経細胞(内因性光感受性網膜神経節細胞)が、その信号を脳に伝えているのです。
この経路の働きを踏まえ、国際的な専門家の合意として、「メラノピック等価日中照度(melanopic EDI)」という新しい SI 準拠の単位で光環境を測り、設計することが提案されています。
A newly developed, international standard provides a SI-compliant way of quantifying the influence of light on the intrinsically photosensitive, melanopsin-expressing, retinal neurons that mediate these effects.(新しく開発された国際規格は、体内時計などに関わる、メラノプシンを持つ光感受性網膜神経細胞への光の影響を、国際単位系に準拠した形で数値化する方法を提供する)
つまり、同じ机上面照度(lux)であっても、光の色味や当たる角度によって、目に届く「メラノピック信号」の量は変わります。設備・不動産分野で照明設計を検討する際は、空間提案に「科学的根拠」を添えるという差別化でも触れたように、この視覚用と体内時計用という2つの物差しを分けて考えることが出発点になります。
専門家合意による光環境の目安
- 01日中は、目の高さ・垂直面で一定以上のメラノピック信号を確保する
- 02就寝の少なくとも3時間前から、夕方以降は光量を落としていく
- 03就寝前後の睡眠環境では、周辺光を極力抑える
daytime:
minimum_melanopic_EDI: 250 # lux, 目の高さ・垂直面
evening:
maximum_melanopic_EDI: 10 # 就寝3時間前から
night:
maximum_melanopic_EDI: 1 # 睡眠環境の周辺光見えてきたこと:推奨値と、実際のオフィスの差
上記の目安は、日中・夕方・夜間それぞれの生理・睡眠・覚醒への感受性を詳しく分析した上でまとめられたものです[1]。表にすると次のようになります。
| 時間帯 | 推奨されるメラノピックEDI | 目的 |
|---|---|---|
| 日中 | 250 lux 以上(目の高さ・垂直面) | 覚醒度・概日リズムを日中モードに保つ |
| 夕方(就寝3時間前〜) | 10 lux 以下 | 体内時計に「夜」の合図を送る |
| 夜間(睡眠環境) | 1 lux 以下 | 睡眠を妨げない |
では、実際のオフィスはこの目安をどれくらい満たしているのでしょうか。2024年に発表された新しい研究では、光の個人曝露量を計測した現場研究(1つまたは複数のオフィスビル、参加者1〜62名、19〜564勤務日分のデータ)9本を対象にメタ分析を行い、どのオフィスも、一日を通して日中の推奨値(250 melanopic EDI)を満たしていなかったと報告しています。報告された光レベルのうち、中央値では6件中1件、平均値では13件中6件だけが、この推奨値を上回っていました[3]。
この新しい研究は、研究ごとに計測機器や記録方法が大きく異なり、単純な比較が難しいという限界も指摘しています。また、これらの推奨値は生理・睡眠・覚醒への影響から導かれたものであり、仕事の成果そのものへの効果を直接検証したものではありません。IEQ と認知機能の関係を扱ったレビューでも、要因ごとの効果にはばらつきが大きいことが指摘されています[2]。
まとめ:光は設計できる
音や温度と同じように、光もまた、測って設計できる環境要因です。机上面の明るさだけでなく、目に届く光が一日を通してどう変化しているかという視点を加えることで、オフィスの照明計画は「見えるかどうか」から一歩先に進みます。まずは自社のオフィスで、時間帯によって目に入る光がどう変わっているかを把握するところから、設計の見直しは始められます。
注
- Brown, T. M. ほか(2022)「Recommendations for daytime, evening, and nighttime indoor light exposure to best support physiology, sleep, and wakefulness in healthy adults」『PLoS Biology』 https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3001571
- Wang, C. ほか(2021)「How indoor environmental quality affects occupants' cognitive functions: A systematic review」『Building and Environment』 https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2021.107647
- de Vries, S. W. ほか(2024)「Recommendations for light-dosimetry field studies based on a meta-analysis of personal light levels of office workers」『Lighting Research & Technology』 https://doi.org/10.1177/14771535241248540(新しい研究)
