オフィスの温度は、仕事の成果をどこまで左右するのか
室温の設定を「快適さ」ではなく「成果と健康」の観点で見直すために、暑さの影響を扱った総説を整理しました。分かっていることと、オフィスにそのまま当てはめられないことを、あわせて紹介します。
Stella Nest 編集部

「暑い」「寒い」という声は、オフィスの苦情のなかでいちばん身近なものかもしれません。空調の設定温度は、担当者の経験や苦情の数で決まっていないでしょうか。この記事では、室温を「快適さ」ではなく「成果と健康」の観点から見直すための根拠を、論文をもとに整理します。
なぜ室温は「好み」の問題として扱われるのか
室温は、設備の設計・運用の担当者にとって、最も日常的に調整する環境条件です。それでも現場では、次のような状態が続きがちです。
- 苦情が出たときだけ設定温度を変える
- フロアや席の位置で暑い人と寒い人が分かれるが、対応の基準がない
- 温度と仕事の成果の関係を示す根拠がなく、省エネとの間で判断できない
個人の感じ方の問題ではないかもしれない
暑さが人の能力に影響することは、産業保健の分野で長く研究されてきました。2015年に発表された総説は、暑さへの曝露は「熱に関連する健康被害の要因として広く知られており、熱帯・亜熱帯ですでによく見られる暑さの水準で、人の作業能力を低下させる」と整理しています[1]。ただし、この総説の関心は主に屋外や工場など、暑い地域での労働です。オフィスの室温にそのまま当てはまるわけではない点は、後の節で扱います。
まず、暑さの影響が大きさとしてどう測られてきたのかを見ていきます。

暑さの影響は、どれくらい大きいのか
ここでは、暑さが働く人の健康と生産性に与える影響を、多くの研究をまとめた総説から確認します。
「快適さ」から「成果・健康」へ見方を変える
従来、室温は「みんなが快適に過ごせる温度」を探す問題として考えられてきました。研究から見ると、暑さは快適さだけでなく、体への負担と作業の量にも関わる条件として扱われています。
暑さによる疲労困憊と人の作業能力の低下は、気候変動による健康影響の分析では見落とされがちである。
研究の設計(Flouris ほか 2018)
この分野で最も引用されている総説の一つが、2018年の系統的レビューとメタ分析です[2]。手順は次のとおりです。
- 01医学文献データベース(PubMed・Embase)で、あらゆる職場・あらゆる程度の熱ストレスを対象に研究を検索する
- 02シミュレーションや統計モデルだけで効果を計算した研究、灰色文献を除く
- 032 人の研究者が、偏りのリスクの評価とデータの抽出を独立に行う
- 046 種類のメタ分析で、熱ストレスの有無による差を推定する
type: systematic review and meta-analysis
studies: 111
countries: 30
workers: 447 million
occupations: 40+
heat_stress_definition: WBGT above 22.0 or 24.8 C (depends on work intensity)数字で見る、暑さの影響
この総説の結果を表に整理します。単一の研究ではなく、多くの研究をまとめた推定値である点が重要です。
| 指標(熱ストレス下で働いた場合) | 結果 |
|---|---|
| 熱による体の負担(熱ひずみ)の起こりやすさ | 暑くない条件の 4.01倍(95% 信頼区間 2.45〜6.58) |
| 深部体温の上昇 | 0.7℃(0.4〜1.0) |
| 勤務中または勤務終了時に熱ひずみを経験した労働者の割合 | 35%(31〜39) |
| 生産性の低下を報告した労働者の割合 | 30%(21〜39) |
熱ストレスは、湿球黒球温度(WBGT。気温・湿度・輻射熱をまとめた暑さの指標)が、作業の強度に応じて 22.0℃ または 24.8℃ を超える場合と定義されています[2]。
使うときの注意
この結果は、30 か国 111 件の研究をまとめたもので、屋外作業や工場など、暑さが強い職場が多く含まれます。著者ら自身、対象・曝露・職種が多様なため、メタ分析の結果に大きなばらつきがあったと述べています。確信度は、ほとんどの結果で中程度と評価されています。表の数値は、一般的なオフィスの室温で同じ大きさの影響が出ることを示すものではありません。
オフィスに当てはめるときの限界
暑さの影響は確かめられていますが、そこからオフィスの適温を導くには飛躍があります。この節では、当てはめるときの限界を整理します。
2016年にまとめられた文献レビューは、300 を超える論文(67 の学術誌・会議論文・書籍)を対象に、オフィスの室内環境の質と在席者の生産性の関係を整理しています。対象を、オフィスの物理的な側面に限っている点が特徴です[3]。このように、オフィスに限った知見は、暑さの総説とは別に積み上げられています。ここでは、次の点に注意が必要です。
- 上の総説の対象は、熱ストレスが強い労働環境が中心で、通常の室温設定の範囲での差を示すものではない
- 生産性の低下は労働者の「報告」を含むため、業務成果を直接測ったものとは限らない
- 温度は、音・光・空気とも同時に働き、単独の効果を切り出しにくい
空気と換気の側面は、オフィスの空気と換気は、判断力にどこまで影響するのかでも整理しています。
個人ごとの調整という選択肢
全員に同じ室温を当てはめる限界に対しては、個人が自分の周りの環境を調整する方法が研究されています。2025年に発表された新しい研究(系統的レビュー)は、その一つです。
この研究は、個人が調整できる環境制御システム(PECS)について、1988〜2023年の 324 本の学術論文を系統的に検討しました[4]。結果は次のとおりです。
- 建物から独立した装置(手元の送風機など)は、温熱感覚・快適性・受け入れやすさをしばしば改善し、複数の装置を組み合わせるとより高い評価が得られた
- 健康への影響の研究は限られ、主に短期の管理された条件での研究だった
- 作業の成果への効果を示す証拠は、乏しいが有望だった
これは 2025年に発表された新しい研究で、追試・引用はまだ多くありません。著者らは、評価指標が研究ごとに一貫していないこと、実際の職場での評価が少ないこと、肯定的な結果が出やすい出版バイアスの可能性を課題として挙げています。成果への効果は「有望」という段階で、導入すれば成果が上がると言える状況ではありません。
まとめ:室温は「成果と健康」の条件として測る
暑さが体への負担と生産性に関わることは、多くの研究で確かめられています。一方で、その大きさを一般的なオフィスの室温にそのまま当てはめる根拠は、まだ十分ではありません。
明日からできる一歩は、苦情の有無ではなく、フロアや席ごとの温熱環境と、そこで働く人の状態を実際に測ることです。私たちは、物理環境を測り、理解し、設計し、検証する循環で、この問いに取り組んでいます。
注
- Kjellstrom, T. ほか(2015)「Heat, Human Performance, and Occupational Health: A Key Issue for the Assessment of Global Climate Change Impacts」『Annual Review of Public Health』 https://doi.org/10.1146/annurev-publhealth-032315-021740
- Flouris, A. D. ほか(2018)「Workers' health and productivity under occupational heat strain: a systematic review and meta-analysis」『The Lancet Planetary Health』 https://doi.org/10.1016/s2542-5196(18)30237-7
- Alhorr, Y. M. ほか(2016)「Occupant productivity and office indoor environment quality: A review of the literature」『Building and Environment』 https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2016.06.001
- Khovalyg, D. M. ほか(2025)「Personalized Environmental Control Systems (PECS): Systematic review of benefits for thermal comfort, air quality, health, and human performance」『Building and Environment』 https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2025.113541(新しい研究)
