オフィスの空気と換気は、判断力にどこまで影響するのか
午後の会議で頭が回らないのは、疲れだけが理由でしょうか。CO2濃度や換気と、判断力・認知機能の関係を、定番の実験研究と新しい系統的レビューから、限界も含めて整理します。
Stella Nest 編集部

「午後の会議室に入ると、なんだか頭が重い」。そう感じたことはないでしょうか。人の集中力や意欲のせいにされがちですが、私たちはこの問いを、部屋の空気という物理環境の側から確かめてみたいと考えています。この記事では、CO2濃度と換気が判断力にどこまで影響するのかを、論文に基づいて整理します。
なぜ「空気」が見過ごされるのか
音や光と違って、空気の状態は目にも耳にも入りません。そのため、設計や運用の場面では次のような状態が起きやすくなります。
- 換気は「法令の基準を満たしているか」で確認され、働く人の状態とは結びつけて考えられない
- 会議室は人が入ると急に密度が上がるが、その変化は誰も測っていない
- 「眠い」「集中できない」が、個人の体調や気合の問題として片づけられる
個人の問題ではなく、環境の問題かもしれない
空気の質と仕事の成果の関係は、建築環境の分野で長く研究されてきました。オフィスの室内環境の質と居住者の生産性に関する文献をまとめたレビュー[1]は、被引用が850回を超える定番の文献です。ただし、ここでは要旨を確認できなかったため、個別の数値には触れません。分かるのは、室内環境の質と生産性の関係が、文献レビューとしてまとめられるほど繰り返し研究されてきた、ということです。

「CO2は無害」という前提を疑う
従来、室内のCO2は、それ自体が有害というより「換気が足りているかの目安」と見なされてきました。CO2が高い部屋で作業効率が落ちるように見えても、原因はCO2ではなく、換気不足で一緒に増える他の汚染物質かもしれない、という考え方です。
研究から見ると、別の見方ができます。CO2そのものが判断に影響するかを、換気量や温度を固定して確かめた実験があるからです。
室内で見られる範囲の濃度のCO2が、意思決定に直接与える影響を評価した。
CO2濃度と判断力の関係は、換気の「結果」としてだけでなく、CO2そのものについても検証されているのです。
研究の設計
Satish らの研究[2](被引用は1,000回を超えます)の手順は、次のとおりです。
- 01オフィスに似た実験室で、CO2濃度を 600・1,000・2,500 ppm の3水準に設定する
- 02高い濃度は、純度の高いCO2を注入して作る(換気量と温度は一定)
- 03各条件で、コンピュータによる意思決定課題と、体調・空気の感じ方の質問票に回答する
- 04参加者と課題の実施者には、CO2濃度を伏せておく
participants: 22
setting: office-like chamber
co2_ppm: [600, 1000, 2500]
sessions: 3 x 2.5h (all on 1 day)
design: order balanced across 6 groups
blinding: participants and test administrator
constant: ventilation rate, temperatureもう一つの定番研究、Allen ほか(2015)[3]は、実際の建物に近い条件での実験です。24人が、環境を制御したオフィス空間で、9時から17時まで丸6日間を過ごしました。日によって、一般的なオフィス(VOC〔揮発性有機化合物〕の濃度が高い)、環境配慮型のオフィス(VOCが低い)、それに外気換気量を増やした条件、換気とは別にCO2だけを人工的に高めた条件が設定されました。参加者は条件を知らされていません。
見えてきたこと
Satish らの結果は、要旨に次のように示されています。600 ppm と比べて、1,000 ppm では9つの尺度のうち6つで、中程度の統計的に有意な低下が見られました。2,500 ppm では、7つの尺度で大きな有意な低下が見られました。
Allen らの研究では、認知機能のスコアが、一般的なオフィスの日に比べて、環境配慮型の日は61%高く、換気量を増やした2日は101%高いという結果でした。VOCとCO2は、それぞれ独立にスコアと関連していました。
| 研究 | 条件の違い | 結果(要旨より) |
|---|---|---|
| Satish ほか(2012) | CO2 600 → 1,000 ppm | 意思決定の9尺度のうち6尺度で 中程度の低下 |
| Satish ほか(2012) | CO2 600 → 2,500 ppm | 9尺度のうち7尺度で 大きな低下 |
| Allen ほか(2015) | 一般的なオフィス → 環境配慮型 | 認知スコアが61%高い |
| Allen ほか(2015) | 一般的なオフィス → 換気を増やした環境配慮型 | 認知スコアが101%高い |
新しい研究:個人ごとに空気を届ける発想
2025年に発表された新しい研究[4]は、少し違う角度の系統的レビューです。1988〜2023年の324本の学術論文をもとに、個人が自分の周りの温熱環境や空気質を調整する「パーソナル環境制御システム」の効果を整理しました。要旨によると、個人の呼吸域に直接きれいな空気を届ける方式は、空気質を高め、汚染物質への曝露を減らすとされています。一方で、人のパフォーマンスへの効果を示す証拠は「少ないが有望」と述べられています。
研究の限界と、現場に当てはめるときの注意 - Satish ほか(2012)は22人、Allen ほか(2015)は24人の、実験室での短期の研究です。実際のオフィスの多様な人や仕事にそのまま当てはまるとは限りません。 - Allen ほか(2015)の61%・101%という数値は、実験用に制御された環境での認知機能スコアの差で、実際の仕事の成果が同じ割合で変わることを示すものではありません。 - 2025年のレビューは、評価指標が研究ごとに一貫せず、実環境での評価が限られ、良い結果が報告されやすい偏りの可能性があると、自ら指摘しています。まだ確かめられている途中の分野です。 - 空気の状態は、CO2以外の要素(VOCなど)とも関わります。CO2濃度だけで判断力を語ることはできません。
まとめ:空気も、設計と測定の対象にする
CO2濃度や換気が判断力に影響する可能性は、複数の定番研究で示されています。ただし、いずれも小規模な実験であり、現場の仕事への影響の大きさまでは言い切れません。私たちは、音や光と同じように、空気も「測る → 理解する → 設計する → 検証する」対象にできると考えています。
明日からできる一歩は、重要な会議を行う部屋のCO2濃度を、会議の前と後で記録してみることです。換気設計を根拠つきで語るには、まず自社の現場の空気の変化を、数字で見えるようにすることから始まります。
注
- Alhorr, Y. ほか(2016)「Occupant productivity and office indoor environment quality: A review of the literature」『Building and Environment』 https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2016.06.001
- Satish, U. ほか(2012)「Is CO2 an Indoor Pollutant? Direct Effects of Low-to-Moderate CO2 Concentrations on Human Decision-Making Performance」『Environmental Health Perspectives』 https://doi.org/10.1289/ehp.1104789
- Allen, J. G. ほか(2015)「Associations of Cognitive Function Scores with Carbon Dioxide, Ventilation, and Volatile Organic Compound Exposures in Office Workers: A Controlled Exposure Study of Green and Conventional Office Environments」『Environmental Health Perspectives』 https://doi.org/10.1289/ehp.1510037
- Khovalyg, D. M. ほか(2025)「Personalized Environmental Control Systems (PECS): Systematic review of benefits for thermal comfort, air quality, health, and human performance」『Building and Environment』 https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2025.113541(新しい研究)
