オフィスの室内環境の質は、生産性をどこまで説明できるのか
温度・空気・光・音は、これまで個別に論じられてきました。複数の総説をまたいで読むと、環境の質が生産性をどこまで説明できるのか、その輪郭と限界が見えてきます。
Stella Nest 編集部

「このフロアは、なんとなく仕事がはかどらない」。そう感じたとき、原因は温度なのか、空気なのか、光なのか、音なのか。それとも全部なのでしょうか。このメディアでは、個別の環境要因を扱った研究を横断して読み、「どこまで言えて、どこから先は言えないか」を整理します。
なぜ「個別の対策」では足りないのか
オフィスの環境改善は、要因ごとに進められがちです。しかし現場では、次のような状況が重なります。
- 空調を調整すると、今度は光や音が気になりはじめる
- 一人が快適な設定でも、隣の席の人は寒いと感じる
- 「生産性が上がった」と言いたいが、何を測れば示せるのか分からない

要因は互いに影響し合う
2016年に発表された総説は、室内環境の質(IEQ)と居住者の健康・快適性の関係を、シックビルディング症候群、空気質、温熱快適性、視覚的快適性、音響的快適性にわたって整理しています。その要旨は、これらの快適性や健康の指標が、互いに関係し合うことで、環境と人の関係はいっそう複雑になると述べています[1]。つまり、要因を一つずつ切り離して語るだけでは、現場で起きていることの一部しか説明できません。
横断レビューは何を語るか
ここでは、室内環境と生産性・認知機能を扱った複数の総説が、何を主題にしてきたかを確認します。
被引用の多い定番の論文として、2016年に『Building and Environment』誌に掲載された、オフィスの居住者の生産性と室内環境の質に関する文献レビューがあります[2]。同じ著者らによる別の総説[1]は、建物の設計では居住者のウェルビーイングに関わる要素を設計の最初から考慮する必要がある、と結論づけています。さらに、2021年には室内環境の質が居住者の認知機能にどう影響するかを体系的にレビューした論文が発表されています[3]。
| 総説 | 主題 | 本記事での使い方 |
|---|---|---|
| Alhorr ほか(2016、BAE) | オフィスの生産性と室内環境の質 | 横断的な研究が存在する根拠 |
| Alhorr ほか(2016、IJSBE) | 環境と快適性・ウェルビーイング | 要因同士が影響し合うという整理 |
| Wang ほか(2021) | 環境と認知機能(系統的レビュー) | 認知機能という切り口が研究されている根拠 |
[2]と[3]は、要旨を取得できなかったため、本記事ではタイトルから分かる範囲(扱っているテーマ)だけを紹介しています。個々の効果の大きさや数値は、ここでは述べていません。
平均を超えられない理由
横断レビューを読むうえで大切なのは、「平均的な快適さ」だけでは個人の快適さを説明しきれない点です。
温熱快適性の評価で世界的に使われてきた予測平均申告(PMV)モデルは、1960年代後半に Fanger が作ったものです。2008年の総説によると、このモデルは、穏やかな気候帯の空調された建物で、一定の環境条件にいる大学生年代の人を対象に作られました[4]。同じ総説は、本当にすべての人にとっての快適さを実現するには、居住者が自分の温熱環境を実効的に調整できることが必要だと述べています。
居住者が自分の温熱環境を実効的に調整できてはじめて、すべての人の温熱快適性は実現できる。
温度の記事オフィスの温度は、仕事の成果をどこまで左右するのかや、空気についてはオフィスの空気と換気は、判断力にどこまで影響するのか、光についてはオフィスの光環境は、体内時計と仕事のパフォーマンスをどう変えるかで、それぞれの研究を詳しく扱っています。音については「音のカーテン」はなぜ会話を守れるのかと、オープンプランオフィスの記事が参考になります。
私たちの考え方
私たちは、環境を「物理環境(音・光・温度・空間)」と「組織環境」の両面でとらえ、測る → 理解する → 設計する → 検証する、という循環で扱うことを大切にしています。平均値を整えるだけでなく、人によって反応が違うことを前提に、状態を読み取って検証することが、横断レビューが示す限界への一つの答えだと考えています。
新しい研究が示す方向
2026年に発表された新しい研究を紹介します。
2026年に『Building and Environment』誌に掲載された系統的レビューは、温熱環境、空気質、音、光、光以外の視覚要因といった室内環境の要素が、脳や身体の反応にどう関わるかを整理しました。32 件の実証研究を詳細に読み、さらに 6,006 件の論文のキーワードと要旨の共起を分析しています[5]。要旨によると、視覚的・温熱的な条件は脳や生理の信号を一貫して変え、室内環境は快適性、生産性、健康、感情に測定可能な影響を与えるとされています。一方で、これまでの研究は快適性や生産性といった結果に偏り、その背後にある身体や脳の経路は十分に調べられてこなかったとも述べ、今後は方法の標準化と長期的な影響の検討が必要だとしています。
この論文は2026年に発表されたばかりで、被引用はまだ多くありません。追試や検証が進む途中の知見として読んでください。また、これまでの総説は、対象も測定方法も研究ごとに異なります。「環境を整えれば生産性が◯%上がる」といった一つの数字を、自社にそのまま当てはめることはできません。
まとめ:生産性は「説明できる一部」から設計する
室内環境の質は、快適性・健康・認知機能と関係することが、複数の総説で繰り返し扱われてきました。ただし、要因同士が影響し合うこと、個人差が大きいこと、研究方法がそろっていないことから、環境だけで生産性のすべてを説明することはできません。
明日からできる一歩は、温度・空気・光・音のうち一つだけを対策するのではなく、いま働く人がどの要因に不満や負担を感じているかを、短いアンケートなどで記録することです。そのうえで一つの要因を変え、前後を比べてみてください。
注
- Alhorr, Y. ほか(2016)「Impact of indoor environmental quality on occupant well-being and comfort: A review of the literature」『International Journal of Sustainable Built Environment』 https://doi.org/10.1016/j.ijsbe.2016.03.006
- Alhorr, Y. ほか(2016)「Occupant productivity and office indoor environment quality: A review of the literature」『Building and Environment』 https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2016.06.001
- Wang, C. ほか(2021)「How indoor environmental quality affects occupants’ cognitive functions: A systematic review」『Building and Environment』 https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2021.107647
- van Hoof, J.(2008)「Forty years of Fanger’s model of thermal comfort: comfort for all?」『Indoor Air』 https://doi.org/10.1111/j.1600-0668.2007.00516.x
- Naghibi Rad, P. ほか(2026)「Indoor environmental quality and the brain: A systematic review of physiological and neural evidence」『Building and Environment』 https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2026.114405(新しい研究)
